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『コラム』

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2021/03/07

金メダリスト 阿部 雅司さん【Cittaインタビュー】Vol.2

ノルディック複合でリレハンメルオリンピック金メダル、ノルディックスキー世界選手権団体優勝3回の阿部雅司さんにVol.2では、ノルディック複合というスキージャンプとクロスカントリースキーという同じスキーでも違う種目を行う競技について伺っていきます。また、競技人生の中 で1番印象的だった出来事について伺います。

2021年4月1日 阿部雅司さんの対談がCittaTVにて公開決定!

金メダリスト 阿部 雅司さん Citta独占インタビュー

お相手は北海道の夕方の顔、MCのヒロ福地さんです!
「北海道から世界へ」飛び立ったリレハンメルオリンピック金メダルの阿部雅司さんが新しい運動のカタチとして「これから運動をする人」「スポーツに挑戦しようとしている人」へ熱いメッセージをいただいています。乞うご期待!


金メダリスト 阿部 雅司さん Citta独占インタビュー

成長をするためには、失敗をたくさんすることが大事。大きな経験となったオリンピック補欠選手

 

ーーノルディック複合という競技の難しい点を教えてください。

【阿部 雅司さん(以下敬称略)】持久力と瞬発力を同時に鍛えるということは非常に難しいです。自分の弱い方を強化するとして、持久力が弱ければたくさん走って持久力トレーニングをしていきます。

しかし、そうすると持久力が強化されてきたなと思った時には瞬発力が鈍くなっていたり、ジャンプのタイミングが合わなくなってきたりするところが難しい点ですね。なので、そういうことを理解出来るようになった時に成績が出てくる競技だと思います。

若い時は、両方(持久力・瞬発力)が常に良くないと自分の中で納得ができないので、どちらかが良くなっても、ダメだった方を何でかなと考え て練習をする。それで自分を見失ってしまう選手もたくさんいます。その為、ノルディック複合は若い選手があまり出てこないんです。ある程度の年齢で経験を積んだ選手じゃないと上手くトレーニングの積み重ねが出来ないんです。難しい分面白いですけどね。

 
金メダリスト 阿部 雅司さん Citta独占インタビュー
 

ーーカルガリー、アルベール、リレハンメルと3度のオリンピックや世界選手権など様々な大舞台を経験された阿部さんですが、競技人生において一番印象的だった(今でも忘れられない)瞬間のエピソードを教えて下さい。

【阿部】やっぱりオリンピックの補欠になったことかな〜。金メダリストの数より少ないからね、金メダルチームの補欠って。

でもその経験を乗り越えられたから自信にもなったし補欠で経験できたこ とは自分にとって物凄い財産になっている。もしアルベールもリレハンメルもどちらも自分が金メダルを取っていたら人間的にダメになっていたんじゃないかと思う。

補欠になった時は凄い悔しくて神様なんかいないと思ったし、世の中みんなが敵に見えた。日本中が金メダルに沸いていてみんなが喜んでいる中で、自分と家族(身内)だけが金メダルを憎んでいると思っていたので、周りが全部敵に見えてしまった時期があった。

そういう状況でスキーを辞めようか考えたが、ちょうどその時妻の妊娠が発覚(長男)して、このまま不貞腐れてやっていたら生まれてくる子どもに合わせる顔がないなって思って、スキーを続けてることにした。だからあの補欠の経験は僕にとっては本当に大きな経験だったし、あれを乗り越えられたらこの先どんな辛いことがあっても頑張れそうな気がします。

補欠という経験があったからこそ共感してもらえる

 

ーーこの質問をした時に『3度目のオリンピックで金メダルを取った時』『表彰台に上がった瞬間』というような答えが返ってくると思っていたので、びっくりしました。

【阿部】 いや〜、僕がスキーをやってきた中で一番大きな経験というか思い出はそこ(補欠)ですね。そこがあったからこそ、今でも色々な場所での公演とかでも話すことができるし共感してもらえる。

これがもし金メダル2つ取った人間だったら『あの人は自分とは違う世界の人だな』って思われていたと思うけど、自分自身も金メダルや日本国民みんなを敵に思うくらいの大きな挫折を経験して、そのことを正直に話すと皆さん自分に置き換えて考えてくれて共感してくれていると思います。

 
金メダリスト 阿部 雅司さん Citta独占インタビュー
 

ーー現役時代、大きくつまづいた経験はありますか?その時はどのように乗り越えましたか?また、一番努力したことを教えて下さい。(事前アンケートはアルベール後と回答あり)

【阿部】 補欠になった時の競技面の原因が、アルベールオリンピックの前の年にすごく自分の成績が良く て日本人で始めてW杯の表彰台に上がったり世界選手権でメダルとったり、「日本人の中で僕1人 が飛び抜けていた。」それでスキー連盟から『1年前から代表内定をあげるからオリンピックシーズンは予選とか気にせずに本番で調整してくれ』て言われてて。

逆にそれくらい日本の第一人者だったんです。だけどシーズン前(夏場)のトレーニングの時にジャンプのスタイルが揃えて飛ぶタイプからV字に変わったんです。コーチにV字をやるか聞かれたけど、前の年に揃えるスタイ ルであれだけ成績が良くて内定までもらっている立場なのに、今更冒険をして調子が悪くなったら嫌だから僕はやりませんと言ったんですが、いざシーズンに入ってみたらV字ジャンプの人たちの方がみんないい結果がでて。

夏に荻原健司さん(チームメイトで後輩)がV字ジャンプに挑戦していた結果、オリンピックシーズンになったら彼の方が結果が良かったり。それまで日本人には 負け無し状態で荻原さんにも一度も負けたことがないのに、オリンピックシーズンではV字ジャンプの荻原さんの方が結果が良かったりして、個人戦やってみたら自分は日本チームで3番目。それでも4人出たうちの3番目だったし、『自分は出れる』と思っていたけど結果補欠になって。

でもそのV字をやらなかったということは、今考えると、自分は守りに入ってしまったんだと思います。世界の頂点を狙う選手が守りに入るということは、世界中のみんなが頂点を取るために挑戦しているのに自分だけ後退しているのと一緒だったんです。それはその時に気が付きましたね。世界一を目指すのであれば常に挑戦し続けなければいけいないんだなと。失敗はしたけどいい経験になりました。

たくさん失敗した方が絶対にその後の競技生活にプラスになる

 
金メダリスト 阿部 雅司さん Citta独占インタビュー
 

ーースポーツ選手にとって、競技をやる上で『今までやってきたことを変える』『フォームを変える』というのはとても勇気のあることだと思いますが、それでも挑戦するべきでしたか?

【阿部】 でもそこで成長するのであれば失敗というのは凄く大事だなと。だから今は講演会でも子どもたちに『たくさん失敗した方が絶対にその後の競技生活にプラスになる』と話しています。

上手くいっていたら気づかないけど失敗したおかげで気づけることってたくさんあるから。これは自分が経験してきたからこそ自信を持って言えますね。挑戦することの大切さも改めて感じました。

     

失敗はしたくないと考えてしまいがちですが、たくさん失敗することがとても大事というのはたくさんの経験をされてきた阿部さんならではのお言葉ですね。次回は、現役を引退されて指導をする側となった阿部さんのお話を伺います。


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